2017年03月28日
社会・生活
(株)リコー ビジネスソリューションズ事業本部新興国事業センター
田中 裕子
リコー経済社会研究所はリコーグループの中堅・若手社員を対象に、「ライティング講座」を開催しています。その受講生が書いたコラムのうち、優秀な作品を随時掲載します。(主席研究員 中野哲也)
旱魃(かんばつ)が発生する土地での生活は過酷だ。UNISDR(国連国際防災戦略)によると、2015年は大規模な旱魃が世界で32件起こり、5000万人に影響が及んだ。最近はソマリアで深刻な干ばつが発生し、110人以上の死者を出した。旱魃は深刻な水不足をもたらす。止むを得ず汚染水でも摂取してしまうが、それによって伝染病が拡大する。その犠牲者は幼い子どもを中心に年間50万人に上るという。
現在、日本を含む先進国では人口の99%が安全な水を利用できる。これに対し、発展途上国では水道インフラが整備されていないため、安全な水を利用できない人口が6億6300万人に達する。そのほぼ半数がサブサハラ(サハラ砂漠以南)のアフリカ地域に集中している(2015年UNICEF=国連児童基金=調査)。
3年前、そのサブサハラに位置するケニアを大学のプログラムで訪れ、マサイ族の家に4日間ホームステイした。首都ナイロビから車で半日以上走り、ようやくタンザニア国境近くのマサイ村に到着。そこには東京とは別世界が広がっており、生まれて初めて水道も電気も無い、インフラとは全く無縁の世界を体験した。
小さな家は家畜の糞と草で塗り固められていた。隣家までは歩くと1時間もかかる。地平線が広がる中、まず出会うのは人よりキリンやラクダ。マサイ族には時間の概念が無く、日が昇ったら起きて日が沈んだら寝る。大地が漆黒の闇に包まれると同時に、天空には無数のダイヤモンドが輝く。その生活は「原始」という言葉でしか形容できなかった。
元々、マサイ族は遊牧民族だが、近年はケニア政府が定住化政策を進めている。このため、以前は水を求めて移動していたが、今は家の近くにある地下水汲み上げ場や井戸、川まで水を汲みに行く。私たち一行は大量のミネラルウォーターを持参したため、実際に水を汲みに行く機会はなかったが、それが大変な重労働だということは容易に想像できた。
このプログラムでは、参加者がそれぞれテーマを決めてマサイ族の暮らしを調査。一人が水質調査をしたところ、衝撃的な結果が出た。何と家畜の水やりに使用している川の水質が、日本の下水と同じレベルだったのだ。何十頭ものヒツジ・ロバを引き連れて1時間以上歩き、やっと手に入れた水が下水並みとは...。マサイ族にはもちろんだが、家畜にも同情するしかない。ところが、この水を生活用水にしている家もあるのだ。
川だけがマサイ族の水源ではない。その多くは家から平均3.5kmのところにある地下水ポンプ、または井戸水や雨水を利用する。それらは日本の一般的な河川の下流域と同等の水質だそうだ。滞在中、料理や洗い物で使った水は地下水だったが、特に体調を崩した参加者はいなかった。近年は政府やNGOが化学薬品を使って水質を改善しているらしい。人間も家畜も水が原因で病気になったことはないとされ、現地の人は水に対して問題意識を持っていなかった。
問題意識の低さは私の調査にも現れた。マサイ族の政治参加に関して調べるため、選挙で重視する政策について尋ねると、経済政策と並んでインフラ整備という意見が多かった。だが、具体的に「水問題」に言及する人はいない。道路より水の方が生活に身近なはずだが、「まずは経済発展のために道路を造ってほしい」という意見が多かったのである。
しかし、水道が無い生活は大変不便だ。毎朝の水汲みと運搬は重労働だし、時間もかかる。手や着衣が汚れてもすぐに洗えないから、衛生的に良くない。マサイ族30人にインタビューすると、全員が「トイレの後に手を洗う」と答えたが、実際にはそんな姿を一度も見なかった。そもそもトイレ自体が無いのだから、手を洗う場所も無い。
しかし今後、マサイ村が発展するためには、安全な水の提供は極めて重要だ。シャワーが無いから、汚れた裸足もまず洗わない。彼らが自覚していないだけで、実は水に起因する感染症に人や家畜がかかっている可能性もある。
ホームステイでお世話になった家では、9歳の男の子と一緒に満天の星空を眺めた。その少年は「大きくなったらパイロットになって日本まで行ってみたい」―。その夢をかなえるためにも、安全な水が手に入る日が、マサイ村に一日も早く来てほしい。東京の薄暗い星空を見つめながら、祈り続けている。
お世話になったホストファミリー
その家
水汲み場の全体像(左)や汲んだ水(中央)、そのタンクを家畜に運ばせる様子(左)
(写真)筆者
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